きのこのへや

■きのう、何読んだ?■
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2016/06/16(木) 
テイラー「科学的管理法」
数か月前に読んだ本。経営学として読むだけではなく、もっと広く、環境心理学や社会心理学、建築学、教育学、あるいは社会思想史の観点から読み直してもいい本じゃないかと思っている。


2016/06/16(木) 
メイヨー「産業文明における人間問題」
数か月前に「こんな分厚いの読んでる暇ないのに(読まなきゃ前に進まない)」とべそをかきながら読んだ。ホーソン実験の全容が見える。テイラー・システムからの批判的展開でありながら、その実テイラーの掌の上で踊っているだけなのかもしれない。ただ、研究方法そのものとしてはとても面白いものを内包しており、その後の社会心理学的実験南下に比べても余程魅力的。


2016/06/09(木) 
上田閑照(2000)私とは何か.岩波新書
「私って何だろう」と思春期青年期のような悩みを持つ人に、ぜひおすすめしたいこの本。読み始めて数ページでめんどくさくなって、誰かとバカ騒ぎがしたくなるから(即解決)。
とは言うのは半ば本気で、半ば冗談。しかし良書です。上田閑照だもんね。当然です。
内容に踏み込むと勉強が捗らなくなるので、インデックスのみ提示します。
実は研究室のゼミでブーバーの「我と汝」そして「我とそれ」という言葉に触れた人がいて、そう言えばそんな話もありましたよね、とぼんやり思い出し始めていた。久々におさらいしようと思って、一番手近なこの本を手に取った次第。
上田は「私とは」という問いの下で展開されるこの本の後半で、「我と汝」というブーバーの言葉について話し始める。しかしその途端に、そこで止められなくなってそのまま西田幾多郎の「我と汝」の話に突き進んでしまう。こうなるとこの人はとまらない。止めたくても止まらない。結果的にブーバーの「我と汝」は1頁程度で、あとは西田の「我と汝」で爆走し、「おじぎモデル」という超かわいいネーミングのもとで、ごく単純でごく卑近な、そしてどこまでも根本から問い直すことのできる例を提示していく(読み手はその時点で涙目)。最終的にブーバーに戻ったり戻って来なかったり。あくまでも基本は私とあなたが対し合うということはどういうことか、を具体的に問い続ける。
教育の場も心理学の場合も、他者の思いをはかり、くみ、思いやることとその細やかさを理想とし、強調する向きがある。しかし、それがどうしてこれほどまでにあれこれ手を変えしなを変え、繰り返し論じられ続けるのか。
ブーバーや西田の論を紐解きながら上田が示す答えは、その問題にもまっすぐ答えている。しかも極めて明快で、「教育」的には喜ばしい話ではないかもしれない(むしろ救いがないかもしれない)が、少なくとも私達の現に生きている在り方に対して誠実で、きわめて潔い。


2016/06/05(日) 
米原 万里 (2009)「打ちのめされるようなすごい本 」(文春文庫)
最近文献レビューが続いていたので、レビュー論文のみならず、書評か詩の批評などに注意が向かってしまう。(多くの書評が短いので、今の状況では手ごろな読書になる)そしていい書評を読むと、「及ばない・・・」と落ち込み、「こんな風に書けたらいいのに」と歯軋りをきりきりし、自分の課題に気力をもらう。この本も、タイトルのとおりで米原万里の書評集である。そして想像していたとおり、落ち込み歯軋りきりきりで、気力をしっかりいただいた。
丸谷才一の文庫版解説もよかった。丸谷才一は、米原万里の書評のよさを3点にまとめる。この文章がまた絶品。
彼女の長所の第一は、「本を面白がる才能が高い」こと。「米原万里は本に惚れるたちである。知的好奇心に富み、本に対して機嫌がいいのだろう。これは高級な生命力のあらはれだ。」第二に、「褒め上手」だということ。第三に、「一冊の本を相手取るのではなく、本の世界と取り組んでゐる」こと。
第一の、本に対して機嫌がいい、という言い方、高級な生命力のあらわれという言葉、なんて素敵なんだろう、と感動。ちなみに付け足すならば、本に対して機嫌がいいばかりか、良い書き手に対してもすこぶる機嫌がいい。この人が機嫌がよくなるような文章が書けたらいいな、と思ったりもする。
ここしばらく、レビューを書きながら、自分の軸を正していく作業をしていた。自分の場合どうにもこうにも不器用なのだからしょうがないがやたら時間がかかってしまった。ようやくちょっとズレが正せたような気がしてきたところで出会ったのがこの本でよかった。


2015/02/25(水) 
岸本斉史「NARUTO-ナルト-」(集英社)
終わっちゃったー!あああ。結果的にはみんな良い奴だったってことだな。


2015/02/24(火) 
ハクスリー「すばらしい新世界」(光文社古典新訳)その2
ハクスリー(黒原敏行訳)の「すばらしい新世界」(光文社古典新訳)がすばらしい。何もおきなければ「すばらしい」世界のままに完結するはずの世界と、そこに生じる「孤独」のコントラスト。終わりに近づいていくのがもったいない。


2015/01/22(木) 
オルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」(光文社古典新訳文庫)
ハクスリーは、ヘンリー・ハクスリーの孫。ヘンリーは、ダーウィンとも深い親交を持つ生物学者だった。ハクスリーの「すばらしい新世界」は最近のツイッター情報によればディストピア小説のひとつと言われているらしいが、そういうジャンルを読んだことがなかったので、どんな作品群があるのか、テーマ性がいまいち見えてこない。よって単体のこの本に取り組む格好に。この世界は心理学の応用がきわまり、かつフォーディズム(よりつきつめればテイラーシステム)が徹底された世界の物語である。ありえないようで、ありえない話でもないし、妙なリアリティがある。これが出版されたのが1932年、しかし、古くならない小説。

この本を読みながら思い出したのが、藤原辰史の「ナチスのキッチン」であった。こちらは戦前からのドイツ社会に根付くものの考え方の転換と徹底と行き詰まりの歴史を、家庭の台所から読み解く試みといっても過言ではない。こちらでも実は、その話題の底を流れているのはテイラーシステムだった。それが戦争という独特の自体の中できわまっていった展開が描かれている。すごい面白いんだけど、絶対にすぐ絶版になる!と見越して書評が出てすぐに買いに行ったのだけど、世の中はこの学者を見逃さなかった。いまやかなりの論客として注目のまなざしを注がれている。論の飛躍はあるかもしれないけど、台所の間取りやレシピを紐解きながら、私たちに深く根付くものの考え方を解体していくあたりはとても面白い。お勧めの本。

この2冊に加えて、フレデリック・テイラーの以下の2冊を読むのもオツなものかもしれない。
■『科学的管理法』 テイラー・著 上野陽一・訳・編 (産能大学出版部) 
■『科学的管理法の諸原理』 テイラー・著 中谷彪・訳・編 (晃洋書房) 


2014/12/21(日) 
ジャン・リュック・ナンシー(2008/2009)「小さな講演会1:恋愛について」新評論
翻訳)メランベルジェ真紀

何度も何度も紹介しているような気がするけれども、ここ数年来のお気に入り。恋愛を子どもに語る哲学者、とてもかっこいい。このくらい分かりやすい言葉で、けれども決して稚拙化せずに、話すことができたらいいなあと思うよね。しかしそれができているのは、何よりも、自分にとっても子どもにとっても、そして誰にとっても、愛するということがどういうことなのかを考えることは等しく可能であり、また考えていくべきことだという基本的な構えがあるからだ。フランスの学的気風すら感じられる素敵な一冊。訳者の巻末の解説も非常に良い。愛すると言うこと、そして知を愛する(哲学)ということの神髄も見えてくる。いい文章がたくさんある。

「小さな講演会」のシリーズのさらなる翻訳・紹介も期待したいところ。


2014/12/21(日) 
梨木香歩(2014)海うそ 岩波書店
先週から、雑味の多い文章が押し寄せてきて、かなり荒んで弱っている。こういう時には、よい文章を読むのが一番滋養に良い。梨木香歩の本はやはりそこが手堅い。ありがたい。
「海うそ」は梨木香歩の最新作のひとつ。これ、なんと地理学のフィールドワーカーの話なのだ。物語の名手にフィールドワークの話を、そして土地の物語の話をされてしまったら、もう私たちにやれることがなくなってしまうではないか。ちなみに主人公の妻の名は、「寛子」という。これにもぎょっとさせられた。
西日本新聞の連載「薬草袋〜」とも通ずるものがある。


2014/12/20(土) 
梨木香歩(2004)ぐるりのこと 新潮文庫
先週から、雑味の多い文章が押し寄せてきて、かなり荒んでいて、弱っている。こういう時には、よい文章を読むのが一番滋養に良い。梨木香歩の本はやはりそこが手堅い。ありがたい。
梨木香歩の本のなかでもひいきの一冊が「ぐるりのこと」。単行本も持っているが、文庫本も買って、あちこちに持ち歩いて読んでいる。
この本は、9.11ののちに世に出た話で、そのころの世相と、今とは異なる梨木香歩の「若さ」(というよりも納得できないものは納得できない、という潔癖さのようなもの)が垣間見える。


2014/11/26(水) 
ポオ(2006)「黄金虫・アッシャー家の崩壊」岩波文庫
(翻訳:八木敏雄)エドガー・アラン・ポオの短編集。主に「アッシャー家の崩壊」を読もうとして買ったものだが、「メッツェンガーシュタイン」などそのほかの短編も楽しい。音読するとより楽しめる。
ちょっとずつ読み進めている。


2014/11/23(日) 
ウィニコット, D. W. (1971/1987)子どもの治療相談´◆ヾ篋螻惱兔佝納
ウィニコットの子どもの面接の事例集という感じ。スクリブルを介して、何がどうあきらかになっていくのかが分かってくる。序論にもある通り、ここで話されていることはきちんと設定された治療構造のなかで、1対1でなされてこそクリアに聞こえ、見えてくる出来事だと思う。そしてまた、事例の記述の成否は、読み手が楽しんで読むことができるか否かにある、というところにうーむと感嘆。


2014/01/05(日) 
「現象学と解釈学」 新田義弘 (ちくま学芸文庫)
買ってからというもの、もうかなりの年数がたってしまった。「顕現せざるものの現象学」に向けて歩を進めざるを得ないならば確実にこの本は無視できないはずだと、先輩から教えてもらったのだった。けれども長らくいまいち読めずに転がしていた本だった。こういう本はちらちらと開いてみて、ダメだったらしばらく置いておいて、またパラパラとめくってみる、というのを繰り返すしかないんだな、と分かって来た。

年数が経って、ようやく、1章分読み切ることができた。その章が、まさかの最終章というこの驚き。続けて谷徹の解説を読む。少しずつ親和性が出てきている気がする。たぶん、ジャン・リュック・ナンシーの本をかじってみたり、「顕現せざるものの現象学」という言葉がちょうど出てくるハイデガーの講演をかじってみたり、ハイデガーの「存在と時間」の解説をしているグレーシュの本(「顕現せざるもの…」への道筋をデッサンしている)を熟読したりしてきたことも手伝ってくれている。回り道をしながらも、確かに何かが話せるようになってきているし、読めるようになってきている。そういうことをこういう局面で知ることができる。

感想というほどのものでもない。読めてきたという喜びだけ、ぶつけてみた。


2013/12/31(火) 
★2月以降のブランク
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2月以降、すっかりブランクになっていた。読んでいないのではないのだけれども、書くことができなかった。だからといって読書メーターやブクログに移行しようという気も起きてこない。

とりあえず申し訳ないのは、なにかと読書感想文やレポートに生かそうとして検索をかけてくる人たちに対して。あまり大したことは書いていないですよー。ごめんねー。

この10か月間読んできたものについては、おいおい2014年の記録に追加していきます。来年もよい本が読めますように。
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2013/02/20(水) 
「図書館戦争」 有川浩 (角川文庫)
(「阪急電車」導入と同じく)「恋愛小説とか読むんですか?」と尋ねられて、さて何か読んだだろうか、と脳内検索を素早くしてみたが、一向に検索結果が上がらなかった。辛うじて思い出されたのがツルゲーネフの「初恋」とかで、これは言えば言ったで嫌みだろうか、どうだろうか、と思い悩んでいるうちに、この人いいですよ、と勧められたのが有川浩である。

「阪急電車」と一緒に勢いで買ってみた。けっこうはまる人がいるみたいだし(twitterなんかを見ているとよくわかる)、アニメにもなったりしたし、なんか面白いんだろう、くらいなあたりだった。

読んでみたら、なるほどなあ、という感じ。丁寧な設定に理解が追いつかなくなって(軍隊の階級で躓いた)、途中、世界のウィキペディアに助けていただいた。ぐわあ、はずかしい、ぐわあ、照れる、みたいなシーンを読んで、なるほどこれが恋愛小説か、と納得したのでした。



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